2014年 07月 18日
江戸の粋を誇った『川並』 ---------------------------------------------- 「川並(かわなみ)」といっても、今では木場育ちの古老しか知らないかもしれない。江東区の木場が夢の島の新木場に移る前、木場の貯木場に浮かぶ木材を縦横に仕切った熟練職人の呼称である。 川並は江戸の昔から粋を売り物にしてきた。木場には今でも「トビの勇みに粋な木場」という言葉が伝え残されている。足をぴたりと包む股引(ももひき)に店名入りの半纏(はんてん)、五枚こはぜの黒足袋をはき、前が反り返るような真っさらな草履を突っかけた。かかとをベッタリ付けるような歩き方はしない。これが慶弔すべての正装にもなったという。 木場木遣(きやり)保存会会長で、かつて木場の筏師(いかだし)を務めた石橋昭宏さん(63)=江東区牡丹=も子供のころ、そんな川並に憧(あこが)れ、その道に入った一人だった。 「昔は大横川に架かる黒船橋の下で子供たちは丸太に乗っかってよく遊んだもんです。そのころ永代橋の下を筏が往来して、夏は白い股引と半纏の川並が操っていた。カッコよかったねえ」 なぜ川並というのか。石橋さんは「昔、陸の消防に対して水の事故や捕物は筏師が役目を担った。その時川辺に人を並べて点呼をとったからとか、川の中で筏を並べる職人だからとかいわれています」という。 一般に筏師は「沖取り」とも呼ばれ、大型船で運んできた木材を筏に組んで木場の貯木場に運ぶのが主な仕事だった。石橋さんも若くしてこの沖取りの元受け会社に入り、十年前まで筏師を務めた。 「大変な仕事でね。船から落とした木材で海上にまず四角い囲みを作り、そこに丸太をクレーンで積み落とす。沖取りは囲みの足場から十二尺(三・六メートル)のトビグチに似た長鍵を操って木材を整え、ワイヤを張って仮り筏を作るんです」 沖合は波が荒い。揺れる足場で波の向きを見て敏速に筏を組まなければならない。とくに南洋材は太くて力もいる。油断すれば足が滑る。技術と度胸が求められる仕事だった。 原材百本を「ひとっぴき」と呼びこれを何組も蒸気船で引いて木場の貯木場へ運んだ。ここで川並が丸太の大きさを測ったり、材種を仕分けして筏を組み、木材店へと運ぶのである。 昭和三、四十年代には、筏師や材木を堀から陸へ揚げる「河岸あげ」と呼ばれる人たちが千三百人ほどもいた。そのころベトナム戦争が続いていて木材の需要が急増し、木場の商いは活気に満ちたという。だが、三百年以上も繁盛した木場も四十年代末ころから新木場への移転が始まり、沖取りや木場の川並の運命は激変していく。 「それに昔は丸太で輸入されたのが次第に板や角材の加工品で入ってくるようになった。その方がコストが格安だから。それで筏師の仕事も少なくなり、木場を支えた川並も消えていくんです。いま残っている熟練の筏師は十数人。脈々と受け継がれた川並も若い世代では知る者もいない。残念ながら死語になってしまった」 このままでは江戸以来続く木場独特の文化が消える。危機感を抱いた川並立ちが力を注いだのが深川角乗りと木遣保存会だった。石橋さんはその木遣りの三代目会長。先代とは年の差も大きかったが間に人がなく「お前やれ」と言われたという。十年前のことだ。以来「木遣り師」と呼ばれている。 「木遣りはもともと木場の仕事の掛け声でした。木を扱うとき、その大きさで節もテンポも変わる。小さい木は早間といってテンポが速く、大きな木になると大間といってゆったりとした声になるのです」 原材保存会員は約三十人。若い衆も多く、最初は飽きっぽい面もあったが、稽古(けいこ)に励み礼儀作法など人の道を学ぶうち、しゃきっとしてきたという。 「木遣りは歌も大切だが見栄えも大切だ。粋でしゃんとしなくちゃあいけない。冬場の慶弔なんかは何時間も半纏で突っ立ったままで寒くて仕方ないけど、今は若い衆もちゃんとやってるよ」 粋と見栄(みえ)を尊ぶ江戸っ子のやせ我慢にも通じる心。これもまた木場の大切な伝統を守る〝独特の美学〟なのである。 (年齢その他は取材当時のものです) ー TOP頁へ ー
by tokyobojo
| 2014-07-18 15:25
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アバウト
著者プロフィール
田中哲男(たなか・てつお) 昭和39年東京新聞(中日新聞東京本社)入社。社会部、特別報道部などを経て横浜支局長、特別報道部長、東京中日スポーツ総局長、編集委員などを歴任。自著・共著に「富士異彩」(平成7年度日本新聞協会賞)「翔べカルガモの子よ」「今どきの若者たち」「荒川新発見」など。平成16年、東京新聞創刊百二十年を記念して横浜の日本新聞博物館で「創刊百二十年展」を担当、同時に本紙の歩み「日々激動」を長期連載、出版。近著に「焦土からの出発」。平成19年度中日新聞社特別功労賞。東京生まれ。
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