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『東京慕情』

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2014年 08月 30日

集団就職・上

繁栄築いた若者の涙と汗
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 窓から身を乗り出し、必死に手を振る子供たち、涙ぐんで見送る母親や肉親たち。汽車の汽笛が鳴り響き、親子を結んだ紙テープがちぎれて舞った。「体に気を付けろ」「元気でがんばれな」

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 昭和三十五年三月十七日。岩手県大船渡線折壁駅から東京に向けて出発した折壁中学校の集団就職列車。駅ホームで繰り広げられた別離の光景を佐藤忠信さん(64)は今も忘れない。

 「汽車が走り出した時、女の子はみんなハンカチを顔に当てて忍び泣いていた。あのころの東京ははるか遠い大都会。家族にも会えず、一人で生きていくのかと思うと心細くてね。子供にはつらい別れだった」

 出発前、室根村の公会堂で村人が集まって壮行会が開かれた。校長の激励を受けて佐藤さんは生徒を代表して答辞を読んだ。「一生懸命がんばって早く一人前になります」と。所持金は何枚かの百円札。前夜兄が「いざという時に使え」とそっと渡してくれたという。異郷に旅立つ少年のそれは唯一の命綱でもあった。夜汽車に揺られ眠れぬまま上野駅へ着いたのは次の朝七時だった。働き先は墨田区の衣料縫製会社。社長に連れられ仕事場に着いた瞬間から厳しい日々が始まる。
 
 「休みは月に二回しかくれない。朝から夜中まで必死に働いたが給料は三千円ほど。自分の部屋もなく仕事場を片づけて皆で雑魚寝した。同じ日々の繰り返し。希望が持てず辞めていく人が多かった」

 実は佐藤さんは幼いころ両足を大やけどして歩行が不自由だった。中学の時は松葉づえで遠い田舎道を通学したという。だから簡単に転職もできない。まして田舎にも帰れない。生きるため歯を食いしばって過酷な仕事に耐え、寝る間も惜しんで縫製の技術を磨いた。もともと手先は器用だったのでめきめきと腕を上げ、やがて会社の柱になっていく。そして九年後、独立を決断する。それは秘かに育んでいた夢だった。

 「会社を必死で支えたのに待遇はひどいし思いやりもなかった。会社はあわてて引き留めたが私の決心は固かった。断ると社長は怒って、二度と敷居をまたぐなと・・・。この時ともに働いていた今の女房が私に付いてきてくれたんです。一緒に苦労しようと。うれしかったですね」

 出発は四畳半の粗末なアパートでミシン二台が全財産。それは狭いながらも夢に見た二人の城であり、希望の船出でもあった。夫婦で寝る間も惜しんで働き、少しずつ仕事場を広げていく。やがて待望の長男にも恵まれ、昭和五十年にはついに十五坪のわが家を手に入れた。感無量だったという。

 佐藤さんは舞台衣装やフリルのついたシャツ、正装用のシャツなど特異製品を得意とした。作り手が少ないため仕事は多かったという。どん底時代に磨いた腕に工夫を加えシャツ作りでは「絶対に負けない」自信を今も抱いている。

 「ただバブル崩壊の時は苦しみました。その時助けてくれたのがブライダル産業で有名な桂由美先生です。先生には昔、サンプル作りを手伝って目にかけていただいた。窮状を話すと仕事を回してくれて、なんとか乗り切ることができた。桂先生は生涯の恩人です」

 佐藤さんはいま、自宅そばに縫製工場を持ち、故郷の室根には大きな山小屋も建てて錦を飾った。二人の子も成長して、九月には二人目、年明けのには三人目の孫も予定されている。故郷から未知の都会へ出てきて四十六年。苦闘と波乱の連続だったが、汗と涙を流しただけの安寧と幸せも手に入れて「まずまずの人生だったかな」と笑う。

 昭和二十九年、東北から就職列車が出発して、いつしか半世紀が過ぎた。当時日本は経済成長に向かって気運が高まり大量の労働力を求めていた。その供給源として生まれたのが就職列車である。彼らの多くは故郷を思い苦しさに耐えて必死に働き抜いた。半面、仕事に挫折し消えた若者も数知れない。

 戦後六十一年。日本はいま繁栄を謳歌し贅を尽くしているが、その陰には身を粉にして高度成長を支え続けた
若者の涙と忍従の日々があったことを決して忘れてはなるまい。 


 平成十九年秋、この連載が出版されてまもなく佐藤さんは家族に見守られ波乱の一生を終えた。享年六十五。佐藤さんと同じように日本の高度成長とともに歩み、必至に働き続けた方々の多くもまた高齢化し、思い出深い生涯を終えようとしている。

(※年齢などは連載当時のものです)

昭和38年3月18日宮城県から着いた集団就職第一陣=上野駅で
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by tokyobojo | 2014-08-30 08:30


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