『東京慕情』

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2014年 07月 28日

街頭紙芝居

夜の病室 最後の“独演会”
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 街頭紙芝居の実演者、森下正雄さん(82)は平成十八年、この道一筋五十八年目を迎えた。その「喜びと悲しみの人生」を支えてくれたのは、いつの世も子供たちの輝くまなざしと笑顔である。

 平成二年、森下さんは喉頭がんで紙芝居の命ともいえる声を失ったが不屈の闘志でよみがえり、その後も上野の下町風俗資料館で録音した“昔の声”で紙芝居を続けた。自宅を訪れ、取材をした時「声を失って本当に残念ですね」と言うと童顔をほころばせ、筆談と不自由な声でこう語ってくれた。「私には紙芝居と子供の笑顔がある。夢を持って前向きに生きますよ」

 森下さんの人生は、いつも死と隣り合わせだった。昭和十九年、旧満州にいた時、部隊が硫黄島に移動することになったが、森下さんは肺炎を患い残された。その後、部隊は激戦で全滅。皮肉にも病に命を救われたのだ。戦後は、極寒のシベリア雪原で木材切り出しの強制労働。飢えと寒さで仲間は次々倒れるが、奇跡的に生き延びる。日本へ引き上げてきたのは昭和二十四年。まだ町には焼け跡が残り、誰もが生きるのに必死の時代だった。

 「遊ぶわけにもいかない。そのころ街頭紙芝居をやっていた父の手伝いをして、あちこち付いて回ったのがきっかけで、この道に入ったのです」

 当時、紙芝居は全盛期。職のない人が日銭を求めて紙芝居の道へ流れたのだ。東京では実に四千人にも上り四つ角や寺の境内は、時に三人が「黄金バット」を競演し、周りを子供たちが幾重にも囲んだという。

 「路地から路地へ一日八カ所も回ったりました。一カ所に五十人くらい集まって五十銭のイモアメやコンブなどが飛ぶように売れましてね。次の角から『オジサン早く』と迎えが来たりして。町には子供があふれ、いつもにぎやかで、瞳が輝き、貧しくても人情があった。懐かしい時代ですよ」

 だが紙芝居は高度成長とともに衰えていく。テレビが普及し、進学競争で塾通いが激化し、町から子の姿と歓声が消えていった。業者もまた急激に減っていくが、森下さんは顔なじみの子との対話を楽しみに、毎日拍子木を打ち鳴らし続けた。

(※夢中になって紙芝居に見入る子供たち。イガグリ頭にゲタばき、子守をする子もいた。後方はお化け煙突=昭和33年1月、足立区で)
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 平成二年五月、突然声がかすれ始めた。風邪だと思っていたが夏が過ぎても良くならない。周りに進められて検査を受けたら衝撃の診断が下った。喉頭がん。妻に告げたら涙を浮かべ忍び泣いた。「それを見て、早く診断を受けていればと悔やみましたね」

 九月十一日の手術前夜、森下さんは入院先の病院ベッドで悲壮な決意をする。

 「手術すれば声を失う。紙芝居師として語れるのは今夜が最後。かわいい孫や顔見知りの子どもたちに、最後の声を録音して残しておこう」

 消灯前の午後八時、森下さんは六人部屋の隅で録音テープを回し、小声でひっそりと語り始めた。周囲も同じがん闘病者。聞こえないように気遣って。まず孫に語りかけ、次いで多くの人から寄せられた手術への励ましに感謝したあと、いよいよ最後の独演会の幕を開けた。

 「それでは冒険空想大活劇、おなじみの黄金バット、怪タンク出現の巻、始まり始まり・・・」

 森下さんの閉じた目には息をのんで画面に見入る子供たちの姿が浮かび、戦後の懐かしい日々が走馬灯のように浮かんでは消えた。そして熱を込めて夢中で語った一時間。「果たして黄金バットの運命やいかに・・・」

(※森下さんの熱演に子供たちも引き込まれて=昭和56年12月)
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 語り終えた瞬間、静寂の病室にさざ波のように拍手が鳴り響いた。みんな息をひそめ耳をすませ、幼き日を思い出しながら聴いていたのだ。最後の観客の最後の拍手。瞬間、森下さんの目から涙があふれ落ちた。

 声を失った語り師ほどつらいものはない。それを救ったのはやはり紙芝居と人の情けだった。森下さんが下町風俗資料館で使った録音テープは手術前、四国丸亀で巡回公演したとき、録音した人が匿名で送ってくれたものだった。

 「私ががんで声が不自由になったことをラジオかテレビで知り、役立ててほしいと送ってくれたんです。おかげで昔の声で今も演じられています」

 昨年三月には肺がんが見つかり、また手術を受けた。経過は順調。「昨年は無事に金婚式を迎えました。身の幸せに感謝しこれからも紙芝居の小さな灯を守っていく決意です」

 現在、昔からの街頭紙芝居は東京でわずか一人。かつて街角に鳴り響いた拍子木の音は、平成の喧噪の中にいよいよ消えようとしている。そして激動の戦後を紙芝居一筋に生きた森下さんも今はいない。(年齢などは連載当時のものです)


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by tokyobojo | 2014-07-28 07:28


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