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『東京慕情』

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2014年 07月 25日

月島追憶

元気な子願って 裸騎馬戦
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 裸の男子が元気に騎馬戦をする一枚の写真。「いくぞ」「ワー」。そんな歓声が聞こえてくるような風景ではないか。時は昭和三十年ころ。場所は半世紀前の月島第一小学校・・・。
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 この写真の背景にどんな時代があったのか。取材を進めるうち三十年代に第一小で学んだ女子児童や先生にお会いすることができた。三十二年から三十八年まで教壇に立った栗島茂子先生(80)と教え子の阿部美子さん(59)に澤潟まさ子さん(58)。写真を見せると「懐かしい」と言って瞳を潤ませた。

 「後ろに見えるのはなくなった体育館よ。見物人がいないから運動会の練習騎馬戦ね。一体いつ撮ったのかしら」

 写真には日付がない。阿部さんたちは早速写真をもとに八方手を尽くし尋ね回ってくれた。協力の輪が広がり、やがて校舎や写真の先生を知る人が見つかり、昭和三十年ころの撮影とわかったのだ。見事な“主婦探偵団“であった。

 当時の運動会は地域の大きな楽しみで、騎馬戦は応援も熱かった。紅白に分かれた男子が相手を落とすまで戦う。双方が必死でしがみつき支える馬も総崩れになったりして生傷が絶えなかった。ケガを避けるため鉢巻き取りにした所もある。戦う時は裸。シャツを着ていると破られてしまう。衣服は貴重品だったのだ。元気な子に育て、風邪に負けるな。騎馬戦には親や先生のそんな願いが込められていたのである。

 そのころ、第一小の運動場には石灰山があり、冬は当番が石灰をバケツで運んできては教室のストーブで燃やした。それを囲んで給食のコッペパンを食べ、脱脂粉乳を飲んだという。生徒の家庭もいろいろだった。栗島先生は思い出す。

 「家庭訪問で訪ねた家がボロボロで、戸が壊れていて開かないの。困っていたら破れた羽目板の間からすごい美人のお母さんがさっそうと出てきた。驚いちゃったわ。どうやら銀座勤めをしていたらしいの。でも貧しくても祝い事の時はどこの親子とも精いっぱいオシャレをしていた。誇りを持っていたのね」

 澤潟さんは名の知れたお転婆だったという。男の子と遊ぶのが好きでベイゴマ、メンコ、缶けりにチャンバラ、何でもやった。

 ある日、学校の鉄棒で回転していたらスカートがからまり、がんじがらめになってしまった。わあっと叫んだら校内一乱暴な男の子がすっ飛んできて助けてくれた。「みんなその子を嫌ったけど本当は優しい子だった。どうしてるかなあ」

 阿部さんは運動会が苦手だったという。「私少し太っていたから。でも家族とお弁当や青いミカンを教室で食べたのは楽しい思い出。それから校庭で先生がポータブルの手巻き蓄音機を回してダンスをしたのも忘れられない」

 そのころの月島は、町全体が遊び場だった。道端で隠れん坊やゴム跳びに明け暮れ、そろばん塾の帰りにはもんじゃやコロッケを買い食いするのが楽しみだった。町には紙芝居にシンコ細工、キセルを掃除するラオ屋までやってきてその職人の手さばきに見とれたという。

 三丁目交番前に月島演舞場という小屋があって、旅回り一座がよく芝居をしていた。澤潟さんは母に連れられ、座布団を持っては見物に出かけた。「おしっこのにおいがする小屋だったけど、役者がきれいで、みんな夢中になって見ていた。おひねりなんか飛んで・・・」

 そのうち、芝居の花形役者にほれ込んだある母親が家を捨てて役者と駆け落ちしたという噂が町に流れた。栗島先生も「私も覚えているわ。ひところはその話で持ちきりだった。でも本当だったかどうか」と懐かしむ。

 当時の月島の家はどこも狭くて内風呂はほとんどなく、みんな銭湯っ子だったという。

 「父と行く時は小学四、五年まで男湯に入ってたわ。男の子が女湯に入っていたこともあったね。入れ墨のおじさんがいて怖かったけどピンクに染まった竜の彫り物はきれいだったな」

 「熱いから水で薄めると、おばさんに必ず怒られた。時々赤ちゃんのウンチが浮いていて皆ですくい出して入ったわね。今なら大変だけど、当時は汚いなんて思わなかった」

 あれから四十余年。当時の女の子は多くが結婚して町を去り、今では孫を持つ身となった。だが三十年代を思う時、心はいつも少女に戻るという。

 「あの時代があるから今がある。自分たちが育ったあの風景は決して忘れませんね」 (年齢などは連載当時のものです)



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by tokyobojo | 2014-07-25 07:25


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