『東京慕情』

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2014年 07月 22日

お化け煙突

下界の人が豆粒に見えた
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 東京の下町に「お化け煙突」と呼ばれる不思議な名物があったのをご存じだろうか。四本の煙突が見る角度によって三本から二本、一本にも化けることから、そんな異名が付けられたのだ。解体されて四十二年。地元には今も「あれは千住の象徴だった」と懐かしい風景を思い描く方も少なくない。

 煙突は足立区千住桜木町にあった東京電力火力発電所の施設で、大正十五年に築造された。高さ八十三メートル。平屋が多かった下町ではまさに天にそそり立つ巨大塔で、千住っ子は「おれの家は煙突の下よ」というのが自慢だったそうだ。

(↓お化け煙突の見える風景。当時は木造家屋が多く、家の前には洗濯物を干す柱とごみ箱があり、子供たちが遊び回っていた=昭和36年1月、足立区千住元町で)
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 そんな煙突の記憶を地元で取材している時、珍しい体験談を耳にした。なんと煙突に登った方がいたのである。元畳職人松田覚太郎さん(63)だ。亡くなった父親の松之助さんは解体までボイラー一筋で、煙突を知る最後の男だったが二年前、九十三歳で没した。子供のころ父の職場を訪ねてよく遊んだという覚太郎さんが記憶をたどる。

 「煙突に登ったのは中学のころだった。友達と外壁の鉄のハシゴをよじ登っていったんだ。全然怖くなかったね。見張らしがすごくて荒川や隅田川が遠くまで一望でき、下界の古い家や人間が豆粒のように見えた。真ん中辺にハヤブサが巣を作っていたのを覚えているよ」
 
 千住元町に住む石引登美子さん(77)からも貴重な昔話を耳にした。
 「先代の話によると、大正末ころと思いますが、米店だったわが家の二階に電力会社が事務所を設け、青年たちが日夜集まって一生懸命お化け煙突の設計図を作ったそうです。それであの煙突が誕生したんだと言ってたのを覚えています」

 青年の一人は高井亮太郎。後に出世し昭和二十年代後半、東電社長になった人である。「そのころでした。世話になったお礼にと父と私も一緒に社長宅に呼ばれて、当時珍しかったグレープフルーツをいただきました。ブランデーとお砂糖をかけて。初めての味でおいしかったなあ・・・」

 煙突は映画にも登場し、全国に知られていく。昭和二十八年に上映された「煙突の見える場所」(監督・五所平之助)は、素朴な風景が残る千住界隈を舞台に、上原謙や田中絹代、高峰秀子らが主演し庶民の哀歓を描いた名作である。そんな映画の随所に登場したのがお化け煙突だった。五所監督は、味方によって姿が変わる煙突を人間の心理に重ね合わせて表現したといわれる。単なるお化けではなく深い意味が込められていたのだ。

 煙突は私自身にも切ない思い出を残している。昭和三十年代半ば、私は受験に失敗して北千住駅から電車で水道橋の予備校に通っていた。父は私が幼いころ亡くなり経済的に貧しいわが家では浪人する余裕はなかったが、亡き長兄が「一年だけがんばってみろ」と支えてくれたのだ。不安な思いを抱いてアルバイトと予備校通いの日々、車窓に見たのがお化け煙突だった。四本煙突が刻々変化する姿を目で追い、そのわずかな間だけ気分が癒やされ、なんとしても合格しなければと必死に誓ったのを懐かしく思い出す。

 だが、そのころ煙突は修復が難しいほど老朽化が進んでいた。地元は保存を願ったが危険をはらんだ巨大煙突を放置することはできない。こうして東京五輪の熱気でわく昭和三十九年秋、下町っ子に見守られて“四十歳の老兵”は解体され、静かに消えていったのである。

 地元住人の惜別の思いがいかに強かったか、当時の足立区立三中の生徒が残した作文がある。
 「もう二度と会えない四本煙突よ、さようなら。幼いときの友よ、さようなら」「四本煙突はただの煙突ではない。下町千住の母のニオイがする」「私たちの心に永遠に残すためにもあの煙突のように真っすぐな大きな人間になろう」

 後に千住元町会長を務めた藤木二幸さん(82)も「あれは千住の誇りだった。どんな時も見上げれば煙突があり、みんなの心の支えでした。解体が始まり上から消えていくのを見て本当にさみしかった」という。

 その最中に「記念に一部を残してほしい」という声がわき上がり、東電の好意で鉄製基部の半円が滑り台に加工され、当時の元宿小(千寿双葉小)の校庭に寄贈されたのだ。以来、滑り台の上にはいつの時代も児童が群がり、春には桜花が上から降りそそいだ。作文を書いた生徒たちも、振り返ればすでに五十代半ばになったろう。歳月の流れはまさに矢の如しである。(年齢などは2007年の連載当時のものです)






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by tokyobojo | 2014-07-22 07:22


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